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2004年May月31日

SEASONS

今日久しぶりに浜崎あゆみのアルバムを聴いて、広島にやってきた当時の事をふいに思い出した。
大学卒業時に決まっていた就職先を断った。前々から会社の雰囲気が合わないと思っていたものの、決めたのは突然だった。卒論発表数日前の事だ。
時期も時期だったので、母にも学校にも言えず、そのまま就職先である広島へ行くことに。
母には適当に説明し家を決めた。(ホントは寮に入る予定だった)
学校には隠し通したまま卒業式を終えた。

実家で数日過ごした後、全くこれから先のあてのない広島に来た。部屋の片づけをしながら
これからどうやって暮らすかを考える日々。お金ももちろんないので、日々食べるものも困窮する。何とか食いつなぎつつ、一度単発のバイトをし,毎日求人雑誌を隅から隅までチェックした。塾講師の正社員はかなり真剣に考えた。(考えただけ)駐車場の警備員とか、この際水商売っぽいものに手を出してしまおうか、とか。派遣の広告が多く、とりあえず話を聞きに行くことに。そして派遣の仕事が決まったのだった。
当時介護保険の開始でその業界はてんてこまいだった。パソコンのソフトを扱っている会社にサポートとして派遣されたのだが、仕事は結構ハードだった。山口と島根の老人ホームや社会福祉協会など介護保険関係の施設に出向き、ソフトのサポートをする。場所はホントに遠くて連日高速を使い、朝5時頃家を出て夜は深夜だったり泊まりになったりと。。。島根は高速がほとんど使えないので、山道を延々運転したものだ。
しかし車の運転が大好きだった私にはもってこいの仕事だった。道中ずっと歌いながら運転していた。その時によく浜崎あゆみを聞いていたのだ。大ブレークする「SEASONS」あたりの頃である。
仕事は楽しかったし、何しろ需要がある仕事だったので給料もすごく良くて、それまでの困窮した日々から一変した。それでもやはり不安な気持ちはある。
派遣の仕事、いつまでも続くワケじゃない。介護保険も一度目のレセプトが終わる5月初旬には一部の派遣社員が契約を終えて会社からいなくなった。私も6月末で契約が終わる事になっていた。その先はまだ決まっていない。母を含め周りの誰も私が決まっていた会社に入社せず派遣で働いている事を知らない。これからまたどうなるんだろう?
だから「SEASONS」の歌詞はかなり共感した。ちょうど三曲を三ヶ月連続でリリースしている時期だったのだが、その曲を聴くと、山道を走りながらふと不安になった事とか思い出す。
結局オットと知り合うきっかけとなった会社に入社し今に至るのだが、ホントに広島にいる理由なんて全くなかったのだ。母には会社に入社して正社員になった時に身元保証の書類を送られた時点で話をした。まぁ細かい話はしなかったが。

今でもあの頃の曲を聴くと鮮明に思い出す。楽しかったけど不安だった日々。それが今じゃもうすぐ二児の母。あのとき、決まっていた会社に入社していたら…とか、たまたま求人雑誌で最初に見かけた会社に電話して入社したもののそうしなかったらオットには出会ってないなあ…とかいろいろと考えてみる。きっと全然違う人生だったんだろうなあ。
今となってはオットと娘のいない生活なんて思いつきもしないけど、そんな幸せな生活を知らなければ今でも「彼氏なんてめんどくさいだけ〜」と言いつつ、独身でいたのだろうか。

投稿者 myu : 15:48 | 戯言

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