2005 Feb 1 |
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とほほ、な誕生日の顛末 |
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先日、ハナが三歳になる…なんて言ってたのに、もう遠い昔のようです。(苦笑)
誕生日、それはそれは楽しく過ごしました。ハナがずっと「ボーリング行きたい」って言ってたので、ガーターなしのレーンがあって、靴が16cmからあって、4ポンド(2.3kgくらい)のボールがある所(広島プリンスホテル)へ行って。でもまぁ実際は音のうるささにびびって、一度も投げることなく終わってしまったのだけど。 ホテルでランチバイキングも食べたし、トイザらスでおもちゃも買った。(ぽぽちゃんの下着セット 「きいちご林のかわいいお家」「ナチュラルリビングルーム」「みるくうさぎの女の子」)シルバニアファミリーはいろんな所でハナが嬉しそうに遊んでいたので、思い切って。私が子供の頃に出来たおもちゃ(今年二十周年なんだって)で、実際私も遊んだ口。と言ってもまだ出始めの頃でうさぎさんとくまさんを一つずつと家具類がちょびっとあっただけ。後はジェニーの家具とか使ったりして遊んだよ。おうちとか憧れだったから。ぽぽちゃんはすっかりこの日以来スターの座を明け渡してしまったんだけど、たぶんまたずぐに遊び出すはず。私もミシンの練習を兼ねてぽぽちゃんのお洋服作るつもりだしね。 家に帰っておうちでご飯。ハナの好きなミートソースのスパゲッティやクリスピー生地のピザ(失敗してしまったけど)を食べてからケーキ。これがすごく上出来のジャスミンが描かれていたんだ。もうびっくり。 ちなみにケーキを頼んだのはココです。ケーキだけじゃなく洋菓子にチョコにパンに、何でもおいしそう。味もなかなかでした。 そんなこんなで楽しかった誕生日。。。ハナはいつもよりずっと穏やかで愚図ることもなく、めでたしめでたし…で終わるはずだったのに。 深夜三時半。突然ハナが嘔吐。その後も一時間おきに吐き続け最後は胃液がずっと出る状態。(ちなみに一時間おきにずれてホクトも泣いて起きるため、私はほとんど寝られなかった) 脱水も心配だったし、起きてからもぐったりしているので早速小児科へ。実は近所には割と評判の良い小児科があるのだが、私は二度と行かない事にしている。ロタで行った時にロタだと早く見つけられなかった事(おむつも持参したのに)下痢止めなんぞを処方されたこと(ロタは排出されないと治らないため整腸剤のみが望ましい)結局その後脱水で入院することになってしまった事があるため。そこでは嘔吐下痢が続いている時の水分の取り方なんて教えてくれなかった。私はひたすら飲ませていただけだったのに、それが原因でますます脱水になってしまったのだ。 …横道にそれてしまった。とにかく私はそこは信用出来ない。いつも行く総合病院も医師が変わってから気が進まないし…ネットの口コミでしった小児科に連れて行くことに。まさに賭だったのだが。。。 実際は病院に行って、吐き気止めの座薬を入れてもらい、点滴をして(脱水が始まっていた。唇が乾いており顔色が真っ青)帰宅したらすっかり元気に。もちろん食べるものとかいろいろと気をつけて見ていたんだけど、やっぱり病院での処置が良かったのか…すっかり回復していたのだった。 ただそれと入れ替わりに今度は夫が…。夫は嘔吐はないもののとにかくへろへろになってしまい、今日は出社出来ず。 何だかとんだ誕生日明けになってしまった。 二人が発症したことから、たぶんトイザらスあたりでもらったのだろう。 誕生日が楽しかっただけに、逆に凹んでしまったのだが、今のところホクトにその兆候もないし、夫も回復傾向だし、それで良しとしなければなるまい。 来年はもっと飾り付けとか頑張ってお祝いしたいな。トイザらスはもうこりごりかも。。。 |
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2005 Jan 30 |
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娘の誕生日に寄せて |
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3年前の1月30日、娘ハナがこの世に誕生した。
28日の深夜に家を出た私たち夫婦。空には満月、小雪ちらつく寒い晩だった。その時の痛みは、後から思えばそうでもなかったのに、今夜生まれるんじゃないかと期待して病院へ。 結局陣痛は遠のき、風邪で辛かった事もあり30日促進剤を使って出産となった。病院側は極力自然なお産にこだわっており、頼まなければもしかしたら31日に、いや2月1日に生まれていたかもしれない。 田中真紀子が外相を更迭され世間が騒がしかった頃だった。 三年という日々が長いのか、短いのか。 過ぎてしまえばすべてがあっという間だと思う。 三年前、ただただ泣いておっぱいを求めていた小さな赤ちゃんは、今や自己主張もするし、会話も出来る。あっという間に春から幼稚園だ。こだわりも出来て、スカートをはくと嬉しそうにする。ぽぽちゃんやぬいぐるみをお世話したり(オトウトには冷たいくせに(笑))お出かけには必ず鞄を持って出るおしゃまさんでもある。でもでもまだとても無邪気で、叱られると隠れたりするが、顔色をうかがって何かをすると言うことはない。 赤ちゃんの頃。とても手のかかった方だったけど、気が付けば育児も楽になり、ちょっと頼ってみたりもする。 そして生まれた時からの時間と同じだけを過ごしたら…今度は小学生だ。 ハナに謝らなければいけない事がある。 私は子供の頃から優等生タイプだった。私が言うのもおかしいが、先生とかからひいきされるタイプ。クラス委員なんかもやってたし、生徒会に近い事もやっていた。 怒られる事が嫌いだったから。ただそれだけ。 そのせいでいろんな事を我慢してきたようにも、今にして思うけど。 そんな私ができちゃった結婚をした。 正直言って、妊娠が分かった時の動揺はホントひどかった。そして何より親の顔が浮かんでしまった。 あぁどうしよう、怒られる、と。 私は中絶する事も考えた。正直な気持ち、自分が出産して育児をする姿より、中絶する姿の方がリアルに想像できた。 流産すればいいのに、とも思った。 ホントに辛い思いをしている人には申し訳ない書き方だけど。これがあの頃の私の本音だった。 夫とはそれが原因でホントにひどい喧嘩をし、「赤ちゃんを殺すのならおまえ(私)も殺す」とまでの形相で怒られた。夫は妊娠が分かった時に本当に嬉しそうだったし、赤ちゃんを心待ちにしていた。 私はただただ周囲の反応が怖かっただけで、赤ちゃんを殺そうとしたのだった。 なるようにしかならなかった。赤ちゃんはそんな私の精神状態にもめげずに大きく育ってくれたし、やり直せまいと思った夫ともその後幸せな日々を送っている。出産した時に本当に嬉しかったし、我が子のかわいさがこれほどまでとは思わなかった。 あのときの赤ちゃんがハナ。 もしももしもあのとき何かしらの事でハナがいなくなっていたら…。今は考えただけで恐ろしい。 そしてあのとき必死にとめてくれた夫にも感謝と謝罪の気持ちでいっぱいなのだ。 毎日のように自責の念にかられる。今が幸せだからこそ尚更強く思う。。。 ハナへ・・・ ハナ、生まれてきてくれてありがとう。 母親になる自信のなかった私を許してね。 *昨年作成した、二歳記念の写真を右にアップしています。 一定期間たったら削除する予定です。 三歳記念も近いうちにアップします。 |
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2005 Jan 11 |
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足が痛い |
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昨夜、お出かけ帰りにスーパーに寄って。お金を払って袋詰めしている時に、「足が痛い」と言い出したムスメ。どこが痛いのか訊くのだけど、膝とか太ももとか触って痛い痛いと言い出す。だっこして車に戻るが、車で待ってた夫の顔を見ると「痛い痛い」と泣き出した。
帰ってからも痛い痛いと言う。痛い所がはっきりせず、とりあえず右足みたいだとは分かったがそれ以上は分からない。アトピーが少しあるので、膝の裏が掻きすぎで痛いのか…まだおむつだけどおむつのゴムの所がすれて痛いのか、それとも内面のどこかが痛いのか。夫と何度もどこが痛いのか訊くのだけどはっきりせず。 その後ネムネムのムスメはほどなくして眠り。一時間ほど経過したときに突然泣き出した。「痛い痛い」と。以前も書いた通りムスメはまだ夜泣きをする。今日一日の事を振り返る夜泣きが多く、それで泣いているのか(痛い痛いと言ってた場面を夢でみている?)ホントに痛いのか。私も夫もだっこしようとするが手を払いのけるし、足を触ろうとするが払いのけられる。どうやら右足膝辺りを触る。 夜、ムスメが寝静まった後は、私たちはネットタイムとなる。ついついムスメの足の事を検索してしまう。気になる病気は骨肉腫。ガンの一種だ。いろんなサイトを見ているうちに怖くなり、私自身も気持ち悪くなってしまった。そして寝ようとした時にまた泣き出すムスメ。やっぱり夜泣きかどうかがはっきりしない。 寝ようとするのだがムスメの寝顔を見ていると怖くなり、胸が苦しくなってなかなか寝付かれない。もしも大変な病気だったら…。 その時ふと思い出した。私が小学校6年の頃。足の付け根が痛いと言ったら無理矢理病院に連れて行かれた。そこで採血されて貧血を起こした私。結局何でもなかったのだけど。その時も父は骨肉腫の事が心配だからと無理矢理病院にかからせたのだ。普段は全く病院にかかることはしない我が家なのだが。(皮膚科歯医者眼科以外はかかった事がなかった)きっとあのときの両親は今の私の気持ちだったのだろう。母が涙ぐんで「お願いだから病院に行って」と言ってたのを思い出す。その涙が重くて嫌だなあと思ってた私。そりゃムスメが大変な病気かもしれないと思ったら涙も出るわ。 急遽今日病院にかかった。午前の診察時間ギリギリに飛び込んだ。オトウトのDPT一回目も一緒に接種。 ムスメの足を見せると、青あざに目をやる医師。以前からあるのか、急激に増えていないか訊かれた。白血病の疑いか…。しかしよく分からない。きっとどこかで転んで出来たと思うのだけど。 次に横になってお腹を触診。触ってたぶん大丈夫だろうと言う。たいていの血液の病気は貧血になるのだが目が赤くないし、肝臓とかの腫れもない。きっと成長痛でしょう、と。 てっきりレントゲンを撮るのだと思っていた。この先生の言うとおりだったらそりゃ万々歳だけど、もしもそうでなかったら怖い。やっぱり検査で裏付けが欲しいと思った。すると先生は採血をしましょう、と。あぁ私の時と全く一緒だ。レントゲンなら痛くなくていいのに。でも血液の方が炎症反応も分かるし、骨の病気以外に血液の病気も分かるし。それで了承した。 ところがこの先生。この秋から外来にいるのだけど…どうも慣れない。好きになれない。先日のムスコの6ヶ月健診でもがっかりだったが、やはり、だ。 採血するということで看護婦さんがやってきてムスメを私と共に押さえつけるのだがやはりすごい力で暴れる。そして上手に採血出来なかったのだ。やっと取れた血液は注射器の先からこぼれており看護婦さんが「もったいない」と言う始末。そしてもう一方の手にもう一回の採血。大暴れ、大泣き…。「だっこだっこ〜いたい〜いたい〜」と泣くムスメを見ていると悲しくて悲しくて。私が頼んだ採血だけどこんなにへたくそだと分かっていたら頼まなかった。採血を終えたムスメを急いでだっこする。しかし止血が間に合っていないため、床やベッドや私の服やムスメの服・靴にたくさんの血液が付いた。ますます悲しくなった。 やっと診察室を出てもムスメは大泣きで。ムスコもベビーカーで放置されていたため大泣きで。ベンチに座り二人を抱きしめた。 これで良かったのかと自問自答。でも病気があってもなくてもこれで分かるならいいじゃないか、と。今夜ムスメは夜泣きするだろうなあと思いつつ、自分を納得させる。 一時間後。昼食を済ませて戻って来ると、結果がでていた。異常なし。白血球は正常値の下限ぎりぎり、炎症反応(CRP)は正常値で腫瘍があると高い値も正常値の上限ギリギリ、と。 ちょっとグレーではあるけど、今のところ異常は見られない、たぶん成長痛でしょう、との見解だった。そうかもしれない。私も小学生の時にひどかったから。 とりあえずほっとした。でもこれから先もずっとずっと元気だとは限らない。今回の事でしみじみと思った。子供の病気は進行が早いし、一ヶ月違うと全然違うのだ。これから青あざが増えたり鼻血が止まらなかったり、様子がおかしかったら来るようにと言われて、長い長い診察は終了した。 ほっとして…今私が気持ち悪い。吐きそう…(--;) |
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2004 Dec 20 |
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おかあさんといっしょ |
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先日広島で「おかあさんといっしょ」のコンサートが行われた。と言っても前のお兄さんとお姉さん・知らない体操のお兄さんとグーチョコランタンのみんな、というメンバー。正式な物と違って、抽選ではないので、先着順で誰でも手に入るチケットだ。
広島は今年は正式なコンサートは来なかった。だからかとにかくたくさんの人で。夫がチケットを購入したのは受付が始まって50分後だったが、一回目の公演は一階席は並びでは取れない状態だったそう。(二階だと体操が思いっきり出来ないため)実際会場に行くとすごい人だった。 ムスメは通路側の席に座らせ(通路側の席で良かった〜)公演に臨んだのだが、それはそれは大喜び。周りには泣いてる子や寝てる子もいて、親も連れて来た甲斐がなくがっかりしているだろうなあと思う家族も多かったが。我が家は連れてきて良かった。体操も大張り切りだったしね。 そんなムスメ。ちょうどタイミング良く今日からNHKで「おかあさんといっしょ」のファミリーコンサートの放映になったら、「行く〜行く〜」と言うように。「広島に来たらね、また行こうね」と言い聞かせるのだが。ムスメは聞く耳持たず。。。そりゃ分からないわね。 来年二月に福山にBSのコンサートが来るそう。頑張って往復葉書を出そうかな。BSだったら当たるかしら。 |
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2004 Nov 25 |
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女の子 |
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息子が生まれた直後はそんなにしゃべってなかった娘。一気におしゃべりが上手になった。今まで遅い遅いと思ってたから、尚更か。
とにかく滑舌が良くなってきた。まだ親にしか分からない単語も多いが、はっきり言えるようになり、言い間違いも減ってきた。今のところ「大丈夫」が「だぶじゅー」で、「あったかい」が「あっかたい」で「たたむ」が「ささむ」ではあるけど(笑) それにしてもホントにおしゃべりでおもちゃの携帯片手によくおばあちゃんとかあと誰か分からない人に電話している。 「もしもし」「今お風呂」「あはは」「うんうん」「じゃまたね〜」 何だか楽しそう。 お出かけの時にはバッグを欠かさない。いろいろとバッグは持っていて、中にはゲーセンで出てくるアンパンマンのカードだったり、お気に入りのプリンセスのクレヨンだったり、アクセサリーだったり。おもちゃのお財布も持っていて、中にはお金〜と称するおもちゃのお金とトランプが入っている。 ディズニープリンセスの影響でアクセサリーも好きになった。お菓子を選ぶときにアクセサリーがおまけで入っているものを選ぶ事が多い。私も子供の頃に買った「ジュエルボックス」シリーズ。こっちはちょっと高いので半額のプチセボンシリーズとか。おかげで我が家はアクセサリーだらけ。結構かわいいものもあったり。やっぱり女の子なのねえ。 お風呂に入ったらとにかく遊んでいるんだけど、最近のブームは卵と泡立て器。と言っても100均で買った小さな泡立て器とボール、それにピンキーが入っていた蓋が開く容器。この容器に水を入れて閉じ、浴槽などでとんとん叩き、ボールの上でぱかっと割る。まるで卵のよう。それを泡立てて何か作っているのだ。お風呂のおもちゃって数あれど、結局長く遊んでいるのはコップだったり何かの入れ物だったり。洗濯のまねっことかままごととか。 娘はどちらかというと体力面での発達がめざましかったが、ここへきて一気に女の子らしい遊びが好きになった。何だか不思議。。。 |
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2004 Nov 13 |
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アンパンマン寸劇 |
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最近、アンパンマンのビデオを借りてきている。一週間レンタルして数回見る。
以前は借りていても歌の時しか反応がなかったのだけど、最近はしっかりストーリーもみているようだ。だからついつい返すとまた新しいビデオを借りてしまう。 お風呂場にある娘専用の体を洗うスポンジはアンパンマンだ。アンパンマンをシャワーで濡らすときに劇は始まる。 「顔が濡れて力が出ない〜」 「アンパンマン新しい顔を焼くよ」と娘。アンパンマンに焼くよと言ってどうする。バタコの間違いだろ。でもその呼びかけにすごく張り切った声で「はい」と返事。 なにやらごそごそ手を動かして「焼けたよ」と。 私は「アンパンマンに顔を投げて〜」と促す。 「ちゅっちゅらっちゅ〜」(とアンパンマンの顔が元気になるときに流れる音楽を鼻歌で。表現できない(笑))と歌うと娘、 「元気はくばい、アンパンマン」「あ〜んぱ〜んち」「ばいばいき〜ん」と一人で二役をこなし寸劇は終了。 しかし何故かその直後に 「かばおくんいるよ」と毎回言う。何故かばおくん?マイナーだ。 今日判明。 お風呂に敷いているすのこの黒い木目の所がかばおくんの鼻の穴に見えるようだ。だから下を指さしてたのか。納得(笑) |
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2004 May 16 |
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ムスメについて |
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私には二歳になる娘がいる。たぶん世間一般で言う親ばかである。
娘がかわいくて仕方がない。よその人の目にはどううつるかは知らないが、どんな仕草も表情もかわいらしく私の目にはうつる。 しかし私は元々子供というのはそんなに得意ではなかった。 得意ではないとはいえ、嫌いではなかったので、微笑みかけられれば笑い返したし、子供が話しかけてくるときには必ず応答していた。(どうも子供の頃無視されるというのが嫌だったらしく、かなり傷ついたらしい)おかげで私は子供からは慕われるタイプではあった。 が…正直言って赤ちゃんのよだれが服についたり、食べる様が美しくない事や騒ぎ散らす子供というものに嫌悪感を覚えていた。私には子供は育てられないなあと思ったのも事実である。 妊娠した時も結局あまりお腹に話しかけるという事はなかった。実際妊娠してみて、母親になるという実感はあまりなかったし、お腹や体はしっかり変化しつつあったが、子供のいる生活というものは漠然としか思い浮かばなかった。自分の子供のよだれは我慢出来るだろうか…なんてちょっと思っていたほどだ。 ところが、実際生まれてみてホントにかわいいと思った。出産の事についてはまた後日触れたいと思うので割愛させていただくが、生まれてきて私と全く別の個人になった瞬間にお腹にいたという感覚がなくなり、突然やってきたかわいい我が子、という感覚になった。そしてその顔は見事にオットにそっくりで、でも指などのパーツには幾つか私にそっくりな点もあって、「あぁ我が子なんだ」と思ったのだった。 産後、母乳の事とかいろいろマタニティブルーにはなった。泣きやまない娘をみて何度も「あぁ私は母親になるには早すぎたなあ」と思った。 でもやはり泣いている娘はかわいくて、寝顔を見るとイライラも忘れてしまう。まさにどこかで聞いた台詞通りだった。 心配していたよだれなんて何のことはなかった。口の中にだって手を入れる。鼻水だって手で取れる。今でもよその子供のよだれは苦手だが我が子は別なんだと思った。食べる様はやはり子供なので美しくない。時々この世のものとは思えないものを作り出す時もあり一気に食欲をなくしたりはするが、それで娘が嫌になったりしない。笑えるだけだ。それにかなり騒ぐ。泣きやまない時も多いし、公衆の面前でひっくり返って大泣きなんてよくある。周りの人に迷惑掛けるのが嫌で(実際自分がその光景が嫌いであったから)そういう意味のイライラはあるが、やはり嫌いにはならない。 子供がいるってこんなに楽しいんだなあと毎日実感している。こうして歩くようになるんだ、とか、こうして言葉を覚えていくんだ、とか…人間の原点みたいなものを見られてへぇ〜と思う。そしてそうやって自分も成長してきたんだなあと思うのである。 もうすぐ第二子が生まれるが、異性が生まれる予定である。娘のかわいさとはまた別のかわいさがそこにはあるという。相変わらず妊婦の私はお腹に話しかける事もあまりなく、二人目が生まれた後の生活なんて思い浮かばないのだけど、生まれたらきっと息子にも毎日のように「かわいいねえ」と連発するに違いない。何しろ娘に向かって生まれてから毎日「かわいいねえ」を連発しているのだから。 |
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